野澤孝康氏(左)と町田ひろ子氏(右)
紐(ひも)やリボン、レース、ブレード―扱う商材は8万点以上という服飾資材会社の丸進(京都市)は今、それらの資材をインテリアに活用するという新たな挑戦を始め、業界への認知を広げるために、オリジナルのネットショップの「ROSE BRAND」を立ち上げた。台東区浅草橋にある同社東京店に、神経美学のエビデンス(根拠・裏付け)に基づいたインテリアコーディネートという新たな領域を開拓した町田ひろ子アカデミー代表取締役の町田ひろ子氏を招き、丸進代表取締役社長の野澤孝康氏と服飾資材の活用とインテリアの可能性について語ってもらった。
フランスでは服飾資材が…野澤氏
豊富な色の商材に可能性…町田氏
――なぜ服飾資材をインテリアに展開されようと思ったのでしょうか。
野澤 今から15年ほど前、フランスの展示会に行った時に視察もかねて街を回ると、かなり多くのお店で私どもが扱っているような服飾資材がデコレーションの商材として売られていました。カーテンの横に装飾として房を付けたり、開け閉めするための太めのロープがあったり…。それを見て、日本でも紐をインテリアに使うことはできないかと考えました。しかし、日本ではシンプルなデザインが受け入れられる傾向にあったので、しばらくはその思いを寝かせた方がいいと思いました。
最近になって、私の家のリビングにある椅子の張り替えを、京都の方にお願いしたのですが、その方が私どもの資材にとても興味を持っていらっしゃいました。もしかしてこれは、需要があるのではないかと思っていたのですが、今年3月に開催された「IFFT東京国際見本市」を訪ねた際に、テープで編み込んで椅子を作られている方がいて、こういう使い方もあるのだなと思いました。
町田 私もこうして会社を訪ねて服飾資材を見たことがなかったのですが、紐と言っても、さまざまな種類や材料がありますね。これだけの豊富な色の商材を持っていらっしゃるので、こうして実際に見ると、大きな可能性があることがわかります。
野澤さんは、京都という伝統ある場所にいらっしゃいます。ほかに真似できないエビデンスがしっかりしたもの、そして自信をもって使ってもらえるものを作られるといいですね。
しかも、長い間構想を温めてきて、これから時間をかけて事業を作られるとすれば、オリジナルのものをエビデンスをもって発信して、だれも真似できないものに取り組まれることをお勧めしたいですね。
紐でライフスタイルを…野澤氏
インテリアの素材として魅力…町田氏
――丸進さんは、紐のデザインなどのカスタマイズを得意とされていますね。
野澤 私たちは問屋として、さまざまなメーカーさんと取引があります。広いお付き合いの中からお客さまの要望に合わせて、製造先やその機械を選ぶことができます。リボン製造の歴史を持つ福井のメーカーさんとは昔からのお付き合いがあります。また、2007年に立ち上げた企画室では、フランスをはじめ欧州などのトレンドカラーを分析しながら、取引先のニーズに合わせたカラー展開の提案などを行っています。
町田 インテリアの素材として、魅力的ですね。先ほど貴社の商材を拝見して、ファッションをベースとしているので、色の種類が豊富で、色調がとても奇麗ですね。シルキータッチの素材など、さまざまなマッチングの可能性と想像力を刺激するものがあり、素晴らしいと思います。逆に言えば、可能性がたくさんありすぎて迷うところもあるので、お客さまのニーズに合わせて作れば間違いないと思います。野澤さんは今、創(つく)りたいと思っているものはありますか?
野澤 私たちの商材はパーツであり、それがあってもなくても服として成立するものです。それがインテリアにあてはまるかどうかわからないのですが、私たちが扱っている服飾資材がメインとなるようなものが作れたらいいなと思っています。
町田 謙遜されてパーツとおっしゃっていますが、アクセントとしての貴重さがあるものとして位置付けられると思います。それがあるかないかで、クオリティーのレベルが変わってくるわけで、個性を出せることを強みとして捉えることもできるでしょう。
――なにか違った発想のデザインが生まれるといった期待感がある一方、椅子やソファなどに使う場合、強度や耐久性などの課題も出てくると思います。
町田 マテリアルというものはいろいろな可能性を持っていますから、さまざまな切り口があると思うのですよ。私たちはプロジェクトをお引き受けする際に、まずどんなことをやりたいのか夢を語っていただきながら、それをどう膨らませることができるのかを考えます。まずクライアントありきというところから始まります。
野澤 「洋服を飾ってきた紐で、今度はライフスタイルをつくりたい」ということで、服飾資材を使って携帯ストラップやボトルホルダー、ブックバンド、収納道具からレターラック、ウォールミラーなどのインテリア雑貨まで作って、展示会などに出品して反響を見ながら、販売先を探しているところです。自社のオンラインショップ「ROSE ROSA」でも販売しています。
ほかにどんなものができるか、といった引き合いや相談、問い合わせなども入っており、そういうところから可能性を広げることはできないかと試みているところです。町田さんは実際にご覧になって、どう活用するかイメージが湧きましたか。
町田 私たちが考えると20を超えるアイデアは出せると思います。いろいろなイメージが湧いてきます。私は日本でストリングカーテンを初めてインテリアとして使いました。ヨーロッパではライフスタイルとして、壁際に飾ってあるものの前に、ストリングカーテンを使い、その時によって見せるものを変えて楽しませるようなことをやっています。ストリングカーテンのような機能を持たせながら、インテリアとしてリボンを活用しても面白いですね。
発信のやり方も大切…町田氏
既存の殻に閉じこもらずに…野澤氏
――デザイナーやインテリアコーディネーター、メーカーの方々に、資材の引き出しを作ることも大切ですね。
町田 どう商品を発信するかということも大切だと思います。展示会に出品するのも一つの方法ですが、私の場合は、全く逆の方法を考えます。インパクトのあるものを作って、その社会性やデザイン性をまずメディアに向けて発信する…待ちの姿勢よりも攻めの姿勢です。服飾資材から活用の幅を広げる方向性は、今の状況から考えても間違っていないと思います。
今後のことを考えると、完成品まで持っていった商品をメディアを活用して自ら発信したらいかがでしょうか。椅子の張地に紐を使うのも一つ方法ですが、それだけではあまりに狭すぎると思います。使い手のことを考えた自由な発想が大切なのです。
もう一つお話したいのは、この資材が優しいイメージがあるということです。インテリアに優しさを添えるものとして活用できると思います。
インテリアのコンペティションをやるのも一つの方法です。審査員を集め、海外からもアイデアを募集して、入選作を商品化する方法もあると思います。
野澤 私たちは、服飾のデザイン学校などの卒業制作に協力しているのですが、先生の学校の卒業制作で、もしこうしたものが必要でしたら、協力させていただければと思います。
町田 ここは眠れる宝の山と言ってもいいですね。ものすごく可能性を感じます。これからインテリアへの活用を進めていくのは大賛成です。私たちでお役に立てることがあればぜひ協力させていただきます。
野澤 服飾資材は景気のいい業界ではありませんが、生き残っていくことが大切です。固定観念にとらわれていては、新しい変化は起きません。既存の殻に閉じこもらずに、時代の流れを敏感に察知してそれに合った挑戦をしていく。攻めの姿勢を絶えず継続して持っていくことが大切だと思っています。私たちにとってインテリアは未知の世界なので、今後もお知恵を借りながら進めたいと思います。
高齢者施設にアートを
神経美学の知見生かす
町田ひろ子アカデミー
「女性にビジネスホテルを利用してほしい」という藤田観光の依頼で、町田ひろ子氏は、全国各地のワシントンホテルをデザイン、1992年には「フォーシーズンズホテル椿山荘東京(現在のホテル椿山荘東京)」のインテリア設計を手掛けるなど数多くのホテルをデザインしている。
96年には広島IGL介護老人保健施設「ベルローゼ」「ケアハウスふれ愛」のインテリアコーディネーションを担当。福祉施設へと活動の幅を広げ、2023年3月に開園した「IGLナーシングホーム信愛の郷」(広島市南区)では、神経美学による知見を生かし、印象派のクロード・モネの絵画をアートギャラリーとして取り入れ、その色分析に基づくインテリアコーディネートを実現した。
神経美学は14年、英ロンドン大学によって発表された。町田氏は「人は美しい絵画を観て音楽を聴き、美しく感じると脳の一部の血流が活性化し、うつ病や認知症を遅らせられるかもしれない」という研究成果の知見をインテリアに生かすための研究を続けている。
昨年はストレスを緩和する「脳シェルター」を開発、同時に「ストレスアナリスト」の資格取得者の育成を本格的に開始した。19年から行なわれた脳シェルターの体験ブースによる実験では、わずか5分間の休息体験でストレス緩和の効果が見られ、そのデータをエビデンスとして蓄積してきた。
今年1月に開設した町田ひろ子アカデミーの新校舎(港区北青山)は、脳シェルター、バイオフィリックデザインなどこれまで同氏が神経美学に基づいて取り組んできた研究が集積されている。
まちだ・ひろこ 武蔵野美術大学産業デザイン科卒。スイスで5年間家具デザインを研究。1975年米ボストンへ。「ニューイングランド・スクール・オブ・アート・アンド・デザイン」環境デザイン科を卒業。77年帰国。日本で初めて「インテリアコーディネーター」のキャリアを提唱。78年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー、85年学校法人町田学園設立。2004年英名門インテリアスクール「KLC school of design」と提携。現在、全国6校(東京、大阪、名古屋、福岡、仙台、宇都宮)のアカデミーの校長として教育活動に務め、一級建築士事務所「町田ひろ子アカデミー」代表取締役として幅広いジャンルのプロジェクトを手掛けている。
始まりはリボン問屋
企画・提案力を強化
丸 進
リボン製造は明治に京都で始まり、絹織物産地の福井でもメーカーが設立された。丸進のルーツは、野澤孝康社長の祖父で、糸商に勤め京都と福井を行き来していた野澤嘉一氏が1935年にリボン専門問屋として創業したのが始まり。
50年に丸進商店が設立され、国内の卸先を拡大すると同時に「ローズブランド」として海外への輸出事業に力を入れた。リボンだけではなく、紐やレース、フリルなど商材の販路開拓を行い、東南アジアにおけるブランドとして確立された。
70年代にアパレル分野など新市場への進出に伴って、メーカーと協力してブレードなどオリジナル商品の企画・開発に乗り出す。ニット専門のデザイナー、渡部頼子氏のアドバイスを得ながらブレードのオリジナル製品を開発した。2002年には中国・上海、09年には香港に現地法人を設立、15年にベトナムに製造拠点を開設した。
07年、企画室が発足。企画・提案力に磨きをかけ、自社の特性と各仕入先の強みを深く理解した社員を育成するために、外部に委託していた商品企画を社内で行った。自社商品の使い方を発信する「販促マップ」は「商品の使い方がイメージしやすい」と評判になり、現在では得意先のオリジナル販促マップの制作依頼も受けている。ウェブ管理や展示会ブースのレイアウトなども行っている。
16年、「自分自身を飾る紐」をコンセプトに新たなオリジナルブランド「line-R」が誕生。自社商品の紐やリボン、レースなどを「もっとさまざまな使い方ができるのではないか」と考え、多様な機能を備えたオリジナルマルチバンドへと発展させた。
のざわ・たかやす
立命館大学法学部卒。4年間務めたアパレス企業を退職、青年海外協力隊員としてブルガリアに2年間滞在。2000年丸進入社。06年専務、企画室を発足させた。メゾン・エ・オブジェ出展、香港現地法人設立、オンラインショップ開設などを手掛ける。13年丸進4代目社長として就任。「レディース分野の強化」「貿易分野の拡充」「新規分野への参入」の3つの目標を立て、手芸や百円ショップなどの小売店、包装資材関係の取引先を開拓。創業以来の同社の強みと扱う商品の特徴を明文化するために「人と人との結びつきを大切にする」という企業理念を掲げた。オリジナルブランド「line-R」を立ち上げ、服飾資材を使った小物販売を開始。