国民の6割が知らない皮は食肉の「副産物」 誤解される革製品、本当のレザーの姿とは 川善商店代表取締役 川北 芳弘氏に聞く

2024/08/05 00:00

数々の皮革製品が並ぶ川善商店東京支社(東京都墨田区)。川北社長は本当のレザーの姿を語った



 皮革・革製品は多くの誤解にさらされている―。日本の家具に使われている天然皮革を多く取り扱う川善商店代表取締役の川北芳弘氏は、革製品の原材料である動物の皮は、食肉の「副産物」であることを強調する。その製造のために動物の命を奪っていると誤解され、アニマルウェルフェア(動物福祉)や環境保全の観点から本革の採用を減らしたり、動物由来のレザーを廃止してビーガンレザー(※)を推奨したりする動きもある。これらの誤解を解きたいと訴える川北氏。皮革・革製品のサステナビリティを発信するために一般社団法人日本皮革産業連合会が進めている「Thinking Leather Action(シンキング・レザー・アクション)」の座長も務めている。本当のレザーの姿とは――川北氏に聞いた。

川善商店代表取締役の川北 芳弘氏


 ――いつから家具業界に革を提供されているのでしょうか。
 川善商店は1959年に創業しました。最初はバックや靴の革を主に扱っていたのですが、50年ほど前から先代が家具関係との取引を始めました。
 私はもともと広告代理店にいたのですが、15年前に家業を継ぎました。
 当時、海外の展示会と日本の展示会を見比べてなぜ多くの企業が低いランクの革を使っているのだろうと最初は思いました。いまでこそレベルが上がりましたが、以前はいいものがなくて、海外のバイヤーが来たらこれはなめられるなと思いました。
 一方で、イタリアのソファの革を触り、品質が日本より良いといわれる方がいますが、革にはランクやタイプがあり、欧州の展示会や展示品では見栄えや手触りの良い革を使用していることが多いです。一方日本では、日常生活で使いやすい、実用的な革を展示している場合が多いです。また、日本にもいい革があるのですが、革屋さんからうまく説明されておらず、扱いが難しいという誤解もあって、情報が伝わっていなかったのです。
 日本の家具メーカーの皆さんは、良い家具を作りたい姿勢をお持ちのはずなのですが、当時はそれに見合う良い革が行き届いていなかったと思います。そこで、正しい知識を身に付けていただきたいと思い、日本全国を回って家具に使う革の講習会を開き、基礎知識や文化の違いも含め「なぜこの革がこのランクなのか、今使っている革がどのランクなのか」ということを伝えたのです。
 簡単に説明すると、品質のいい革は、塗装が薄いのでやはり傷が伴います。それは木も一緒ですね。最近では節ありの材も使われるようになりましたが、革にもナチュラルマークがあります。海外のハイブランドでも傷のあるものをうまく使っていますが、日本はまだ皮革との付き合い、歴史が浅いのと同時に、白木文化というか、基本的には奇麗なものが好まれる傾向にありますね。
 あと、革の知識が浅くて傷はとにかく駄目みたいな…。結果、当時は傷を隠して、銀面の汚れや傷などを薄くバフィングして除去する銀磨り(ぎんずり)革がメインとなっていました。現在では技術が上がっていいものができるようになりましたが、ザラザラして硬いようなタイプ、いわゆるランクの低い革ばかり使われていました。ここ15年で、展示されている革のレベルが上がって、海外へのコンプレックスもなくなってきていると思います。私は素材で日本の家具の下支えをしたいと思っています。
 ――日本の家具文化は欧州に比べるとまだ浅いし、一般消費者の革の知識もまだまだなんでしょうね。どうやって革を選ぶべきでしょうか。
 革はなおさら浅いですね。ブラックボックス化されているため、扱いがわからないという方もいます。でも家具用の革はメンテナンスも楽で、長持ちしていいところがたくさんあると思います。
 一般消費者がいい革を見分けるのはすごく難しいことです。革に詳しい家具屋さんを選び、革の良さだけではなく、デメリットもきちんと聞くことが大切だと思います。またで、まもなくYouTubeで家具の革の選び方を動画でアップするのでぜひ見てください。お手入れが難しいという誤解もありますが、ほとんどの家具用の革は塗装されているので、色あせしにくく、水で染みになることもありません。クリームで手入れする必要もないのです。革イコール扱いが難しい、使いにくいということではなくて、革の種類によっては、すごく使いやすくて、から拭きのメンテナンスだけでいいものもたくさんあるのです。
 ――なぜ「Thinking Leather Action」を始められたのでしょうか。
 革は高級品でちょっと一目置かれる存在である一方、SNSが普及し、SDGsの広がりとともに、動物愛護を訴える方々から、革は動物を殺すから良くないと、まことしやかに発信され、風潮として広がり始めたのです。いくつかのハイブランドが毛皮の不使用を発表した際、革も使っては駄目だと誤解され、混同されるようになりました。
 ファッションデザイナーのステラ・マッカートニーさんのように、動物の革はよくない、ほかのもので代用するのがいいと言う方がいたり、大手自動車会社の社長が、アニマルウェルフェアの視点から本革シートなど従来の自動車に搭載されてきた動物由来の革を減らそうと言い出したりしています。得意先からも同じような質問を受けるようになりました。
 革のために動物の命を奪っている。革製品を使わなければ、アニマルウェルフェアにつながる。革の使用をやめれば、飼育数が減り、牛のゲップによるCO2が減る。さらに、革は森林破壊に結びついているという極端な意見を述べる方もいました。最近ではビーガンレザーと呼ばれるマッシュルームやサボテンなどを利用した革の代替素材も出てきて、売る際「動物を傷つけないから、環境に優しい」というPRを行っていました。
 これは誤解です。ここが大きなポイントなのですが、皮は食肉の「副産物」なのです。お肉を食べれば皮でる。その皮を使っているから、皮を使うことをやめても畜産には何も影響はないのです。ですので、アニマルウェルフェア、牛の消費数の減少、森林破壊にもつながりません。本当に皮を使うことをやめると、例えば牛であれば、日本で100万頭、世界で1・65億頭の皮を廃棄しなければいけなくなるわけです。
 これでは駄目だと「Thinking Leather Action」を始めました。その一番の肝は、皮は食肉の副産物であるということです。しかし調査によると、驚くべきことには、皮が食肉の副産物であることを知らない人が全人口の62%もいるということがわかりました。革のために飼っている動物がいると思っている人がたくさんいることもわかりました。普段お肉を食べている人たちが、革製品をやめろというのは筋が通っていないと考えています。


 世界中で3・2億頭の牛が毎年お肉になっていますが、その55%の皮を使って、あとの45%は埋め立てるなどして廃棄しているのです。牛1頭育てるのに100万円以上かかりますが、皮は1頭分で2万から5万円ほどで取引されます。わざわざ革のために動物を育てる必要がないことがよくわかります。
 肉というと普段はお肉屋さんでカットされたものや、レストランで調理されたものを見ているのですが、その前には動物の命をいただく行為があって、そこで出てきた皮を有効活用していることを理解してほしいと思います。
 ビーガンレザーを普及させようと「天然皮革は動物を傷つける」「家具やファッション業界で動物の革は大量消費や環境問題に直面している」と訴えているところもありますがビーガンレザーは合成皮革です。今のところ、つなぎに石油系の樹脂を使っていたり、製品寿命が短かかったりするものが多いというデータもあります。
 さまざまな素材が存在しても良いと思うのですが、事実に基づかない内容で他の素材を攻撃しながら、自分たちの売りたい素材をプロモーションすることには違和感を感じています。素材を選ぶ際は、一側面だけではなくさまざまな角度で情報を得て判断していただきたく思っています。もちろん天然皮革も含めてです。
 なお、2024年3月に消費者の誤認を防ぐため、革、またはレザーと呼べるものは動物由来のものに限定することがJISにて規定されました。例えば、合成皮革・人工皮革もレザーと呼んではいけませんということになったのです。また、この規格によって、ビーガンレザー、アップルレザーなどと呼べなくなり、メディアの誤解も歯止めがかかると思います。

※動物由来以外の素材を革・レザーと呼ぶことは、2024年3月よりJISで規制されています。本記事内では分かりやすくするためにあえて「ビーガンレザー」という言葉を使用しています。